絵描きの篝火

絵描きの光となる情報や、絵を鑑賞する方へ向けた画家からのメッセージ

画家クロマトの過去 〜美大予備校編〜

高校2年生中盤。俺は美大を受験する事に決めた。
決めたのは、ずっと絵を描いてきたから。
描いてきたのは、唯一褒めてもらえる事だから。
別にやりたい事があるわけじゃない。
ただ、世界は俺を見くびってる。
黙らせてやりたいだけだ。
これは、これから俺が挑む闘いの話。

 

●目次
・挑戦
・講評
・三年
・迷走
・狂気
・異変
・飛翔
・墜落

 

・挑戦

美大の予備校に通い始めた。
デッサンを繰り返す日々。
俺の通う高校は美術系で、その中でも上手いと言われてきたけど、
まったく、驚いたよ。
浪人生も一緒にデッサンを行うのだが、化け物か。
レベルが違いすぎて出鼻を挫かれる思いだ。

それでも俺はやるぞ。打ち勝たねばならない。
鉛筆を削るカッターを、
じゃなくて
尖り抜いた鉛筆を、未来に俺は突き刺すのだ。

 

 

・講評

制限時間を設けられて、デッサンを行う。
4時間デッサン、6時間デッサン、時には12時間。
静物、石膏像、自画像などなど
その後には講師による講評会が行われるんだ。
全員分、順位が付けられて
ひとりひとりのデッサンが講評される。
噂によると、有名な予備校は上位生徒にしか講評してくれないらしいから
うちはまだ優しいほうか。

とはいえ、俺の順位は30人中15位をいつもキープって感じで
なかなか成長せず、酷評続きだった。
あれ、俺、上手いはずだったんだけどなあ。
そんな幻想は早々に捨てる事になった。

 

 

 

・三年

さて、俺もいよいよ高校3年生。
まだまだ遠かったはずの受験ってやつの姿かたちが
煙のなかから輪郭を覗かせ始めた。
俺のデッサンと言えば、そりゃ相も変わらずで。
学校が終わって、予備校に行って、酷評される日々だよ。
俺の家庭には金が無いから、バスに乗って通えなくなってきた。
バス停を辿りながら自転車で通わざるを得なくなってきた。
それでも俺は行くよ。
そのくらいの根性、持て余すほどある。

 

 

・迷走

夏休みに入った。
学校が休みだから、予備校で一日に10時間はデッサンやデザインの勉強をする。
それでも俺の順位は上がらない。
さすがに焦りを感じ始めた。
友達や浪人生の目もギラつき始めた。

講師の批評にも熱が入ってきて
講評会ではいつも散々な言われようだ。
「ここが駄目」、「そこが駄目」、「やる気あるのか」。
頭ではわかってるはずの事で、まったくの正論だから
すべておっしゃるとおり。

俺はいったいどうしたらいい。
なんで順位が上がらない。
順位、順位、順位、順位。
理想と現実がステゴロで殺り合ってる。
心が砕けかけたら、トイレで30秒寝て、また戻る。
どうしたらいい。
描けばいい。
そりゃそうなんだけどさ。
どうしたらいい。
描けばいい。

 

10月になった。自転車がパクられた。
学校では、受けりゃみんな受かるような専門学校に推薦で受かった奴らが騒ぎだした。
ギャーギャーうるさい。
その騒音のロープが俺の首を締め付ける。
うるさい、うるさい、うるさい。

 

 

 

・狂気

本格的に受験モードになってきて
学校にも行かなくて良くなった。
自転車が無いから、歩きで予備校まで通う事にした。
片道7km、往復14km、毎日歩く。
金が無いから、昼飯はコンビニのチキンとエナジードリンク
体が痩せ細ってきたけど、どうでもいい。
それでも俺は絵を描くよ。まだそのくらいの根性はある。
根性はある?うるさい、それでも俺はやらねば。

毎日10時間、予備校にいて絵を描いても
何も上達しない。いっさい褒められない。順位も上がらない。
よく聞け俺よ、それはな、練習量が足りないんじゃないか?
そうだな。そうに決まっている。
才能もなく、努力も下手な俺は
他人よりもずっと時間をかけて練習しなければならない。

俺は家でもデッサンを始めた。
狂ったようにデッサンを始めた。
歩いて、予備校に行って、歩いて、家でまた描く。
早朝の4時まで描いて、2時間寝て
6時に起きて、予備校に歩いて行く。
もうヤケになっていた。
目が痛い。心が痛い。
焦燥感、劣等感、孤独感、順位、順位、順位。
あいつら全員蹴り落としてやる。
そういう世界なんだろ?
なら俺に躊躇いは無い。
全員だ、全員。一人残らず本気でかかってこい。
俺のこの一筋の蜘蛛の糸に、群がって来てみろ。
そいつら全員蹴り落としてやる。

 

 

・異変

真夜中の部屋で、いつも通り追い込みでデッサンをしていた時
異変が起きた。
急に視界がぼやけてきて、膝の力が抜けて
フローリングにぺたんと座り込んだ。
体中から汗が溢れ出てきた。
息が切れる。

俺、どうした?

鼻の奥がむずむずする。

くしゃみをひとつした。

鼻血を吹き出した。

目の前に血溜まりができた。

そこに頭から倒れ込んだ。

止血をしたいけど体が動かない。

俺は世界に殺されるのか。
このまま、このまま。
いや、まだ駄目、まだ駄目。
動け、動け、動け。
俺に絵を描かせろ。
俺に絵を描かせろ。
描かせろ!
描かせろ!

絵を

描かせてください。

お願いします。

 

 

ーーーーいつの間にか眠っていたようだ。
目覚ましが鳴って、夜が明けていた。
鳥のさえずりが、俺を嘲笑しているように感じた。
血まみれの服を着替えて
また今日も、予備校へ出かける。
俺はまだ終わりじゃない。
俺はまだ終わりじゃない。

 

 

・飛翔

今更なんだけどさ、
睡眠ってやっぱ大事だね。
ちゃんと寝よう、さすがに。
じゃないと死んじゃうかも。
寝よう、さすがに。

もともとロングスリーパーの俺は
予備校から帰ったら即寝る事にしたんだ。
そしたらすごい事が起きたんだよ。
劇的に自分のデッサンが変わった。
そうか、経験値は貯まってたんだな。
寝ないせいでレベルアップができなかっただけで。
講師にも「あれ、もしかして寝た?」って言われて
「寝ました笑」って言ったら
「やっぱり笑」って。

あとさ、毎日往復14km歩いて通ってるって話をしたらね
講師のひとりが自転車を譲ってくれたんだよ。
「チャリ買い換えたいんだよね」って。
まだ全然、使い古してもいなさそうな自転車をさ。
かっこいいなって、ちょっと泣いた。

 

それからというもの、俺の順位は平均2位
ときたま1位をとるまでになった。
でも、それと同時に気付いた。
俺は蹴り落としてしまった。
友達も、先輩も、蹴り落としてしまった。
正しいのか、罪なのか。
みんなの目が必死になってる。
誰も会話をしない。
きっと、敵対してるから。
あんなに仲良しだったのに。

講評会では、順位の低い人はボロクソ言われるから
少なくとも誰かひとりは泣き出す。
すすり泣く人。大声で泣き出す人。
世界でいちばん気まずい空間だ。
睡眠をとって、精神が少し安定した分
周りの景色やみんなの感情がハッキリ見えてしまって
心が痛んだ。
ここで我に返ってしまったらきっと終わりだ。
俺は今更、善人にはなれない。
蹴落とすつもりで蹴落とした人に、かけて許される言葉があるはずもない。

 

 

・墜落

いよいよ受験直前。
いかんせん、うちには金が無いから
受けられるのは1校だけ。
講師にはいくつも受けておけって言われたけど
しょうがないじゃんか。
狙うのは大手大学。
講師にも「この実力ならほぼ受かるよ」と言われた。
へっぽこだった俺でも、ここまで来たんだ。
さあラストスパート、クライマックス
真っ向勝負、鉛筆って名前の刀を引き抜く。

 

受験当日。
前日の雪から一転、良く晴れた。
春ってのは、待つものじゃない。
自分で引っ張ってくるものだ。

実力は充分出せたぞ。
これは勝ったな。
これが俺の本気。
一騎打ち、現実と俺は互いに一閃した。

 

結果は
 

補欠合格にも入らなかった。
負けたのは俺の方だった。
崩れ落ちて振り向くと
澄ました現実の、山のような背中が見えた。

負ける事を知らないままの勝ち気な孤独は
すでにすべてから負けていた。
悪人に相応しい末路。
これが罰か。
これが罰なのか。

俺に、償えるだろうか。

もしくは。

もしくは。。。

 

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