絵描きの篝火

絵描きの光となる情報や、絵を鑑賞する方へ向けた画家からのメッセージ

画家クロマトの過去 〜高校入学編〜

僕は高校に入学した。
「高校生」。うん、なんか良い響き。
今日から「高校生」だってさ。ふふ。
これは、僕のこれから起こる事の話。

 

●目次
・憧憬
・労働
・現実
・絶望
・大人
・別離

 

・憧憬

高校生と言ったら、なんてったってバイトができるんだよな。
僕は憧れていた。
お店のレジの人に。
どうでもいいような僕に、温かに接客してくれて。
幼い日のコンビニのおばちゃんみたいに。
僕もなれたらいいなって思ったんだ。
このワクワク、なんだろな。

 

・労働

僕はファストフード店で初めてのアルバイトを始める事にしたんだ。
僕は昔から誰とでも仲良くなれるし
きっとね、それはお客さんにもできる事だと思うんだ。
大人と一緒っていうのは、ちょっぴり怖いけど
ほら、社会勉強って言うだろ。
おっしゃ、なら学んでやるぜ。
このワクワク、なんだろな。

 

・現実

レジなんて任せてもらえなかった。
思えば、ファストフード店のレジって女性ばっかだよな。
まあいいか、しっかし
僕、ハンバーガーとか作れるかな。
でも、みんな温かく迎えてくれた。
仕事を学ぶなかで、失敗しても
みんな親身に教えてくれた。
このまま、成長していければ良いと思った。

でも

僕の失敗には終わりがなかった。
「あの子は駄目」、「使えない」
そんな言葉が嫌でも耳に入った。
見られていると
監視されていると
どうしても間違える。
手が震えて思うように動かない。

作っている途中のハンバーガーを落とした。
教えてくれていたお兄さんは、
「しょうがねえやつだなあ笑」という表情。
心改め、作り直した。
作り直している途中にまた落とした。
お兄さんの表情が変わった。
昼から急に真夜中になるように。
血の気が引いた。
この物悲しさ、なんだろな。

 

・絶望

コーヒーやティーパックが入ったゴミ袋は異常に重い。
それらを集めたゴミ箱のキャリーはもっと重い。
それをゴミ捨て場まで運んで行くのだが
もともとヒョロヒョロで、生まれ付き腰の悪い僕には荷が重すぎた。
戻ってくるまでの時間が遅いから
サボっていると思われたのだろうか
全員の目が冷たくなった。
かつて優しかった人も怒鳴りたてる。いっせいに。
そして、同じタイミングで入った子と比べられた。

「あの子はもうあそこまでやれるのに。」

「すみませんじゃなくて行動で示せよ。」

「ゴミ捨てが遅すぎるぞノロマ!」

「甘えるな!失敗するな!」

 

謝る事が癖になっていった。
それから毎日泣いた。
母親に心配はかけたくないから
お風呂場やトイレで泣いた。
それでも電話がかかってくる。
ふだんは物静かなおばちゃんから。
「もっと頑張らないとやっていけないよ」
わかってる。
それはわかってる。
わかってるんだって。
ガラケーをパタンと閉じて頭を抱える。
味方なんていないのか?
そりゃそうだよな。
僕はこんなに駄目なんだもの。
この物悲しさ、なんだろな。

 

・大人

僕はこのバイトを辞める事にするよ。
もう駄目だ。僕がいちばん駄目だ。
でもさ
最初あんなに期待してくれた人たちを裏切る事になるんだよな。
だから、言い出すのも申し訳ないというか。
何の価値も無い少年を育てようとしてくれて
何も成し遂げられないまま去るなんて。

仕事中は怒られて、終わったら事務所で急にみんな優しくなる。
あのコントラスト、何だろうな。
ネックウォーマーを下まぶたまで。
ニット帽を上まぶたまで。
すれ違う人みんな、敵に見えちゃうよ。
もう誰も信じられなくなっちゃうよ。
この姿、まるでテロリストみたいだな。
いや、テロリストか。
そう、僕はテロリストだ。
この鞄いっぱいに爆弾を詰め込んで
今日あの店を爆破してやるんだ。
なんてね、そんな妄想、もういいよ。
あれが大人だと言うなら
僕は大人になりたくなんてないね。
この物悲しさ、なんだろな。

 

・別離

辞めるって言った。
心の内は「言ってやった」。
周りからすれば「やっと言ってくれた」。
その安堵の表情が悔しくてたまらなかった。
自分に対して悔しくてたまらなかった。
なんにも、なんにもできなかった。
最終日、背を向けた店に
正体不明の憂鬱。
見上げた星空が綺麗で、うざったくて
睨みつけた。

やっと解き放たれるのに
この物悲しさはなんだろな
この物悲しさはなんだろな
自分の頬を殴りつけた。
もひとつ、殴りつけた。
もひとつ、殴りつけた。
もひとつ、殴りつけた。
くらついて、酒を知らぬ10代の酔っ払い。
この痛みは、腫れてきた頬は
戒め。僕への戒め。
法で裁けぬ罪人への罰。
己で罰を与える。

さよなら、夢見がちな僕。
さよなら、素晴らしい世界のなかの僕。

もひとつ、殴りつけた。

青と赤と緑の点々、視界を支配して
膝の力が抜けて、もたれかかった真冬の柱の冷たさ。
およそ証明されてしまった。
僕は社会から外れている事。
もひとつ殴りつけようとして
腕に力が入らくて、だらしなく太ももに墜落した。

この物悲しさ、なんだろな
この物悲しさ、なんだろな

 

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